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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1900号 判決 1975年12月23日

控訴人 鷲見美雄

右訴訟代理人弁護士 尾山宏

大森典子

被控訴人 東京都

右代表者東京都知事 美濃部亮吉

右指定代理人 池田良賢

金岡昭

主文

原判決中控訴人勝訴の部分を除くその余を取消す。

被控訴人は控訴人に対しさらに金二〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

本判決第一、二項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し金八〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴指定代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、原判決事実摘示と同一であるからこれをこゝに引用する。

≪証拠関係省略≫

理由

一、控訴人が昭和三四年四月から同四二年三月まで東京都立深川商業高等学校(以下深川商高と略称する)専任講師の職にあり、同校において社会科(倫理・社会)の授業を担当していたこと、東京都教育委員会が同四二年四月一日控訴人に対して東京都立駒場高等学校への転勤辞令を発し、控訴人はこれに基づいて同年九月一日同校に赴任したこと及び訴外小尾乕雄、同佐藤正憲、同大森晃が昭和四一年一月から同四二年四月ころまでの間、それぞれ東京都教育委員会教育長、東京都教育庁(東京都教育委員会事務局)総務部長、同庁指導部長の職にあり、いずれも被控訴人の公権力の行使にあたる公務員であったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、控訴人は、同人が深川商高で行なった授業内容について不当にも東京都議会の公明党議員らから抗議、叱責を受けたが、訴外佐藤が右抗議、叱責の機会を同議員らに与えたこと、いずれも控訴人の罷免を要求する同議員らの圧力に屈して、同大森が控訴人に授業停止及び自宅研修を命じたこと及び同小尾、同佐藤、同大森らが控訴人の応諾がないのに東京都教育委員会をして控訴人に対して駒場高校への前記転勤命令を発せしめたことはいずれも違法な行為であると主張するので判断する。

当裁判所は、当審での新たな証拠調の結果を斟酌し、さらに検討の結果、控訴人が前記公明党議員らから控訴人がした深川商高での授業内容について抗議、叱責を受けたことについては被控訴人の公権力の行使にあたる公務員に過失に基づく違法行為があったけれども、控訴人が授業停止及び自宅研修を命じられたこと及び控訴人が東京都教育委員会から駒場高校への転勤命令を受けたことについては前記公務員の裁量権の濫用ないし違法行為がなかったと判断するものであり、その理由は、左記を附加するほかは、原判決の理由説示(原判決九枚目表三行目から同一四枚目裏八行目まで)と同一であるから、ここに右判示部分を引用する。

佐藤都教育庁総務部長が、都議会の公明党議員から控訴人が深川商高で行なった社会・倫理の授業において創価学会批判をしたとの抗議を受け、事態を収拾すべく控訴人に対し同校校長を通じて教育庁への出頭を求め、公明党議員二名と控訴人とを総務部長室で対面させ、同議員らに控訴人を非難、叱責する機会を提供したことは、前記引用部分において認定したとおりであり、さらに≪証拠省略≫によると、訴外佐藤は、都議会との連絡・折衝に関する事務を所管する総務部の長であったこと、公明党議員らが控訴人を非難、叱責した席には佐藤総務部長のほか同人の要請に応じて高等学校における教育内容の指導に関する事務を所管している指導部から大森指導部長、班目第三課長、横田指導主事が同席していたことを認めることができる。そもそも、教育は、それが学校教育であるか否か、義務教育であるか否か、教育施設が国・公立であるか私立であるかにかかわりなく、ひとしく「不当な支配」に服すべからざるものであり、教育行政は、右の自覚のもとに行なわれなければならないことは、教育基本法第一〇条の明言するところである。その趣旨は、教育は、これを掌る教師が党派的偏見にとらわれず、公正・中立な立場に立って自主性を失うことなくこれに従事すべきであって、そのためには政党その他の政治団体、労働組合、宗教団体等あらゆる外部勢力からの不当な支配に影響されてはならず、また法律上教育に対し公権力を行使する国又は地方公共団体の行政機関といえども、行政権の名のもとに教育に不当な支配を及ぼしてはならないことを明確にしたものである。

しかして、教育に対する「不当な支配」とは、教育の中立性、自主性を阻害するような一党一派に偏した教育への介入・干渉を指し、それが一時的であるか継続的であるかを問わないものと解すべきところ、前記公明党議員らが都教育庁総務部長室において同庁幹部らの列席のもとに控訴人のした授業内容について直接控訴人を非難、叱責した行為は、創価学会という宗教団体を背後にもった政党の立場から特定の教員に対して加えられた党派的圧力であり、教育の中立性、自主性を阻害する一党一派に偏した教育への干渉として、教育に対する「不当な支配」に当たるものといわなければならない。

ところで、控訴人・都の設置する公立高等学校(学校教育法第二条)に勤務する教育公務員と都との間における法律関係についてみるに、法は教員に職務に専念すべき義務(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下単に地教行法という)第三五条、地方公務員法第三五条)並びに法令、条例等及び上司の職務上の命令に忠実に従うべき義務(地教行法第三五条、地方公務員法第三二条)を負い、都がこれに対応して教員に対し給与支払義務(地教行法第三五条、地方公務員法第二四条以下)を負うことを定めているが、都の義務は右の給付義務にとどまらず、都は教員に対し、都が公務遂行のために設置すべき教育施設もしくは器具等の設置管理又は教員が都もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、教員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべきはもとより、前記教育基本法の目的・趣旨に従い、教育の公正、中立性、自主性を確保するために、教育にたづさわる教員を「不当な支配」から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解すべきである。

そして、都が法律上当然に教員に対して前記生命・身体上及び精神上の安全配慮義務を負う以上、都の教育行政の執行機関として設置されている都教育委員会(地方自治法第一八〇条の五、同条の八、地教行法第二条、第二三条)及びその補助機関として設置されている事務局(都の場合は都教育庁)の職員は、それぞれその職務を遂行するにあたって、都の前記配慮義務を全うすべき職務上の義務を有するものというべきであって、佐藤総務部長が控訴人と公明党議員らとを対面させ、同議員らに控訴人を非難、叱責する機会を提供したことは、教育に対する「不当な支配」から教員を保護するよう配慮すべき前記職務上の義務に違反する違法行為といわなければならない。

三、前記認定事実並びに≪証拠省略≫によると、控訴人は、佐藤総務部長の過失に基づく前記違法行為によって、公明党議員らに自らのした授業内容について教育庁幹部らの列席する席で非難、叱責されたことにより、教員としての信念と名誉とを傷つけられ、職務の遂行に多大の不安を感じる等相当の精神的苦痛を被ったことを認めることができる。そして、諸般の事情、なかんずく教育に対する前記政党員からの不当干渉の重大性、都教育庁職員としての行動の軽率さ、控訴人は本訴において本件訴訟遂行のための弁護士費用を請求していないこと等を総合すると、本件不法行為による精神的苦痛に対する慰謝料としては金四〇万円が相当である。

四、控訴人のその余の不法行為の主張については、いずれもその理由のないこと前記引用部分において認定したとおりであり、この結論は、当審における新たな証拠をもってしてもこれを左右するに足りない。

五、そうすると、被控訴人は控訴人に対して損害賠償として金四〇万円及びこれに対する本件不法行為の日の後であること明らかな昭和四二年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いをすべき義務があるものというべく、控訴人の本訴請求は右の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

よって、原判決中右と異る点は不当であって、本件控訴は一部理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取消してさらに以上認定の限度で本訴請求を認容し、その余を棄却することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九二条、第八九条、第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 古川純一 岩佐善巳)

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